ご存知の方も多いと思いますが、6月6日国会で「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」を全会一致で採択されました。

これは暗闇の力がこの地を覆う機会でもありますが、クリスチャンが、正しく見分けて用いていくなら神の栄光があらわされる機会ともなるのです。

呪いの象徴とされていた日本の国旗が昨年主に捧げられ、あがなわれたように、アイヌの文化の中に神が与えておらえた「あがないの賜物」が発揮されるなら、それは大きな財産となるでしょう。

この事は、昨年の祈りの祭典後に主から私に与えられたチャレンジでした。私の目にはそれはできそうにありませんでしたので、できるだけ触れないようにしていたのですが、状況が速度を速めさせているように感じます。

この先、アイヌの儀式の多くが復活され、アニミズム、交霊術もさかんに行われるでしょうが、その否定的な面にだけ目を留めるのではなく、主が何をなさろうとしているのかに目を留めましょう。


確かにこの北海道は和人によるアイヌへの侵略という形で成されてきました。それらの罪に対しては一つづつ清算されねばなりません。

けれども、それと同時に、和人がこの地に入ることを主が容認されたのは、日の昇る国に与えられた神の約束の中にアイヌを招き入れておられたからだと思います。

アイヌはアメリカインディアンと並び非常に霊的な民族です。その賜物がサタンの栄光のために用いられるか、主の栄光のために用いられるかはクリスチャンのとりなしにかかっています。

このことについてはたくさん話すべきことがありますが別の機会にいたします。


6月11日にも西森牧師婦人が見た幻にしたがって豊平川にかかる豊平橋(36号線、ルネッサンスホテル前最初の和人が定住した場所。)で西森牧師、安田牧師と共に祈る機会を持ちました。

その幻とは豊平橋の両側にたいまつが掲げられ、そこをアイヌの風貌をしたイエス様が通られるというものでした。

これについても後の機会に分かち合いたいと思います。いずれにしても私達は主がなされるスピードについていかねばなりません。


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