牧師と言う肩書きについて

牧師という言葉には3つの意味があります。ひとつは役職名であり、もうひとつは役割です。そして三つ目に五役者としての神からの任命です。

牧師としての召命を受けていない人や、実質的には牧会をしていない牧師もいます。これは役職名(職業名)としての牧師です。

こう書くとニセ牧師の事を否定的な意味で書いているように聞こえるかもしれませんが、そうではありません。この肩書きによってブライダルミニストリーなどの特殊な働き、カウンセラー、ラジオ伝道者、教師、使徒的働きをこなしているのです。

神から受けている召しは教師やその他だけど教会の代表者という意味で牧師と呼ばれている人がいます。教会の教職者の一般名が牧師だからです。


役割としての牧師は群れを導き牧会している人です。そしてほとんどの場合牧師と言う職業名を持っています。これはいわゆる牧師です。

この牧師の中にも牧師としての召しを持ってはいないけれど、暫定的な召しであったり、群れの必要に迫られ牧会している人がいます。

上記の教職者一般名としての牧師であっても(特に教会が小規模の場合)群れを世話するわけですので、名実共に牧師です。


三番目の牧師は五役者としての召命を神から受けた人です。すべての牧師がこの五役者の牧師ではありません。でも、それは悪いことではありません。的確な預言をする預言的油注ぎを持っていたとしてもそういった人のすべてが預言者ではないことと同じ理屈です。

そういう牧師であっても他の賜物や他の五役者としての油注ぎによってうまく群れを導くことができます。

五役者の牧師は役職名ではないので教団から追い出されたとしても「牧師」ですし、極端な話、群れを持たなくても牧師なのです。


こういったことを理解していると、牧師と言う存在につまずくことは少なくなります。

以前「雑誌ハーザー」に預言者としての召しを持っている牧師が一生懸命羊を世話しようとしてもどんどん傷ついて出て行ってしまうという状況が起こりました。彼は友人から「あなたの召しは預言者なのだから無理に誰かのようにやろうとするのではなく預言的に牧会すればいいんですよ。」というアドバイスを受けて、それを実行したところ教会がさらに成長したのです。